小鳥と鈴と、それからタワシ。

良くも悪くも1割の思考人間。いや、もしかしたら量産型女子大生。顔と性格と若さと身体とアイデアと実行力とユーモアとモノマネと女子力のなさだけが取り柄。

じろん

わたしのなかで、ストーリーは完結している。

だけどそこにはまだ人生が残っていて。

これが映画や小説だったら、どんなに都合が良かったろう。

まあきっと言うなれば、第2シーズンの始まりだ。

 

とは言え急に何かが起こるわけでもない。

同性ウケのすこぶる良い私は、実は恋愛が無くてもたのしく生きていける。いろんな情報や見解はあるけれど、男女の最大の違いは外見と内情の比例関係じゃないだろうか。男はあまり外見と性格に相関はないが、女は可愛ければ性格も頭も良いという単純な命題が成り立っている。実のところの腹は黒いとか反論が来そうだが、本音と建前なんて当たり前だ。氷山の一角が美しければ、それでいいのだ。そんなことよりも、外見を良くするという現代ではあまりに解法がやさしい、合理的かつ楽ちんなことをなんだかんだ言って怠る女は、数%にしか満たない氷山のてっぺんすら研磨できない要領の悪い人なのだ。

まぁとにかく、いまは楽だ。日本のメーカーやサービス業は狂っているので、低価格ですばらしい物ばかり売っているし、周囲の男性は大学や合コンではなくあくまで同じ志を持つスーツに身を固めた研修生たちなので、特に拗れた感情や関係性もなく、淡々とコミュニケーションしておわる。実に穏やかである。べつに相手のことを深く知る必要もないし、かといって心を閉ざす必要もない。

前述の通り女性受けはばっちりなので、べつに異性でなくてもレズビアンでなくても、嬉しいなぁと思えるオイシイことは度々ある。屈託のない女性の可愛らしい笑顔や、はせがわさん面白いですねー!なんてチヤホヤしてくれたりとか、私どころか私のコーヒーにまで興味を持ってくれて気を利かせてくれたりとか、とにかくときめくことはたくさんある。 

我々は親友なのか、お友達なのかと逐一確認し合う関係性が1.0だとしたら、共通の趣味やフィーリングでつながるのが2.0、そして、ちょうどいい距離感で「いいな」と思い合える両思いな関係性が「人間関係3.0」じゃないだろうか。

まぁとにかく。欲求不満にはなるものの、プラトニックな男女関係もわるくない。

自然科学上は無理な男女の友情とはいえ、情報化は20代=SEX、60代=枯れるという極端な状態を見事に緩和しているだろう。本能の一人勝ちだったのが、今や理性と仲良くシーソーゲームが出来る時代である。いいことだ。

そして最近思うのは、人は「うすい」か「うざい」かの振幅で生きてきているということだ。いいやつは、それだけ均一化された情報を吸収して賢くなっているからアイデンティティは薄まりがちだし、自分があるなあと言う人はたいてい世の潮流に逆らおうとするきらいがあるので、その主張が「うざ」かったりする。

どちらも一長一短だが、最近は「薄っぺらい」人よりも「薄っぺらい」ことに敏感で批判する人のほうが面倒臭いと感じる。まあなんでもそうだ。ゲイ本人よりLGBTについて能弁垂れてる人のほうが煙ったい。

だれかの批判をきいているよりは、どこかで聞いたことのあることばを二番煎じで聴いてやっているほうがまだ精神衛生上良い。悪口の多い人にはもれなく自分の過去の栄光の話もついてくるので、その世界には終着点が無いのだ。

とにかく。いまの研修のひとたちがみんないい人で本当によかった。タイムチケットみたいな自己顕示欲のゴミがいない(笑)

本名のあとにハンネ付けて名前登録してるような痛い男性がいないだけでもいいね(笑)

と悪口を言ってしまったが、じゃあ川瀬よしのぶ(ぽよ)とか書いてたらどうよ!?と全国民に問いたい。たちまち全身じんましんが走り、「おぬし、、そ、その“ぽよ’’を外せぇ!!」と言いたくなるであろう。

LINEの名前が本名じゃない奴は地雷だけど、まぁゲーマーさんたちは100歩譲って仕方ない。それなら往生際悪く本名と並列させるなよとは言いたい。「Mr.シーパラ」くらいの勢いは欲しいね(笑)

とにかく。(3回目)たのしいです!Javaは少し飽きたけどな!(笑)